失って気づいた、何気ない夜のひとときの尊さ
2020年の夏、コロナ禍で外出もままならない中、
我が家の一番の話題は「Nintendo Switchをどう手に入れるか」だった。
どこの店も品薄で、抽選販売にも外れ続け、ようやく父(私の親父)に頼み込んで入手できたときは、
まるで宝物を手にしたような気分だった。
最初に買ったソフトは『マリオパーティー』。
家族全員で楽しめるように、コントローラーを2つ追加購入した。
リビングに笑い声が響く夜が増えた。
ゲームの中では競い合うよりも、
4人で協力してゴールを目指すようなステージを、
娘たちは特に好んでいた。
だが、楽しい時間は長くは続かなかった。
私の“悪ノリ”が原因だった。
つい本気になって勝ちに行き、
娘たちをからかい、妻にも余計な一言を言ってしまう。
「ゲームだから」と軽い気持ちだったが、
ある日、妻がとうとう怒ってしまった。
その日を境に、『マリオパーティー』を家族でやることはなくなった。
笑い声が消えたリビングの静けさが、
あのときの自分の軽率さを何度も思い出させた。
それから2年後の2022年、
今度は『ワンナイト人狼』というカードゲームが我が家にやってきた。
人気YouTuberの影響で長女が興味を持ち、
「家族でもやってみたい」と目を輝かせて言った。
誰が“人狼”なのかを当てる心理戦のゲーム。
会話の駆け引きが面白く、笑いながら推理を重ねる時間が楽しかった。
けれど、私はその誘いを何度も断ってしまった。
仕事で疲れていたり、考えごとがあったりして、
「また今度な」と後回しにしてしまうことが増えた。
やがて娘たちは、それぞれ自分の世界を持つようになり、
勉強や友達との時間を優先するようになった。
「一緒にやろう」と誘われることも、
いつの間にかなくなってしまった。
思い返せば、あの何気ない夜の時間こそが、
かけがえのない“家族の宝物”だったのだと思う。
勝ち負けや効率なんて関係ない。
同じ空間にいて、同じことに笑い合えたあの瞬間が、
家族の絆を静かに育てていたのだ。
親として、もっと余裕を持って向き合えばよかった。
仕事のことや、日々の疲れに心を奪われて、
本当に大切な“今”を見失っていた。
「また今度」ではなく、「今、一緒に」。
それができる時間には、限りがある。
今でもあの時の笑い声を思い出すたびに、
少し胸が痛む。
けれど、その後悔があるからこそ、
これからの時間を大切にできる気がしている。
娘たちがいつか家庭を持ったとき、
「家族で過ごした夜は、楽しかったな」と思い出してくれたら、
それだけで十分だ。
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