家族×心の距離 無理をしてでも行ったからこそ見えたもの
今年、次女の通う女子中学・高校で文化祭がありました。
娘が一生懸命受験して入学した学校であり、行事にも力を入れていることは知っていました。
それなのに、どうしても足が向かない。
行くべきだと頭では分かっていても、心が拒否していました。
正直、自分でも理由がわからないのです。
妻に「行きたくない」と伝えると、理解されるどころか説得が始まり、
最終的には私の両親にまで話が伝わってしまいました。
「子育てにもっと参加しろ」と父から電話で叱られ、気まずさが倍増。
娘たちからも「キモい」「ロリコン」などと冷やかされ、完全に四面楚歌。
それでも、行かないわけにはいかない状況になり、観念して行くことにしました。
妻には「校内では絶対に離れないで」と念押し。
なるべく目立たないように、静かに参加するつもりでいました。
当日、次女には直接会えませんでしたが、彼女の描いた絵や飾りつけられた花を見つけ、
なんとも言えない誇らしさがこみ上げてきました。
学校全体が一体となって作り上げた空気も温かく、思っていたよりずっと心地よかった。
特に印象に残ったのが、娘の学年が担当していた「お化け屋敷」。
長蛇の列ができるほど人気で、「どうせ子どもの遊び」と思っていた私は、いい意味で裏切られました。
人形や機械仕掛けではなく、学生たちが直接演出する“人間味のある恐怖”。
笑い声と悲鳴が混じり合う中に、真剣に「楽しませよう」とするエネルギーを感じました。
文化祭って、こんなに熱量があるものだったのかと驚かされました。
そんな中で、ひとつ気づいたことがありました。
私はどうやら“女性が多い空間”が苦手なのです。
女子生徒たちの笑い声や叫び声が響くたびに、なぜか落ち着かない。
「自分のことを笑われているのでは」と考えてしまい、必要以上に肩がこわばっていました。
大人になっても、こんなに人に気を遣い、周りの目を気にしてしまう。
娘たちの前では“父親”を演じていても、内心は不安でいっぱいなのだと、改めて感じました。
帰宅後、このことを妻に話しました。
意外にも、「なんとなく分かる気がする」と共感してくれて、少し救われました。
誰にでも苦手な場所や空気がある。
それを理解してもらえたことで、文化祭に行って良かったと素直に思えたのです。
次女の姿を直接見ることはできなかったけれど、
彼女が関わった作品や学校全体の雰囲気から、努力の痕跡をしっかり感じることができました。
あの空間で感じた緊張も、戸惑いも、すべてが今となっては“自分の一部”のように思えます。
人と向き合うこと、家族と向き合うこと。
どちらも、時に勇気がいるけれど、その先には必ず何かの気づきがある。
そう感じられた文化祭でした。
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