筋トレ×暮らし やめたからこそ見えた「続けること」の意味
2016年の春、世の中に“筋トレブーム”がやってきた頃、
私もその流れにのってトレーニングを始めた。
ジムは高くて通い続ける自信がなかったので、
思い切ってダンベルやベンチ、懸垂バーを購入し、
物置状態だった一部屋を筋トレ部屋に改造した。
「10回が限界の負荷を3セット」――
シンプルなルールが自分に合っていた。
マラソンのように激しく息が切れるわけでもなく、
確実に積み上がっていく感じが心地よかった。
凝り性な性格もあり、プロテインやBCAA、
“筋肉がつきやすい”と聞けば、何でも試した。
朝昼晩の3回、欠かさずプロテインを飲み、
YouTubeの筋トレ動画で自分を鼓舞する。
「自宅トレーニングは効率が悪い」と言われても、
3年間、地道に続けた。
ただ、途中で思わぬ事件が起こった。
プロテインを飲みすぎたせいか、ある日仕事中に激痛が走り、
救急車で病院へ。診断は尿路結石。
あの痛みは一生忘れられない。
それでも、理想の“細マッチョ”には遠かったが、
少しだけ胸筋がつき、見た目にも変化が出てきた。
何より、続けることの達成感を味わえたことが大きかった。
そんなある日、家庭の事情で筋トレ部屋を手放すことになった。
当時、妻と子どもたちは寝室、
私は子ども部屋の二段ベッドを借りて寝ていた。
ところが、長女も同じ部屋で寝るようになり、
私の寝る場所がなくなってしまった。
リビングのソファで寝る日々。
「まあ仕方ない」と諦めかけていたところ、
妻がクリスマスパーティーの景品でプレステ4をもらって帰ってきた。
その瞬間、私の中で何かがはじけた。
「ちゃんとしたベッドで寝たい。ゲームもしたい。
自分の部屋がほしい。」
そう決意し、筋トレ部屋を“自分の部屋”にリフォームした。
ダンベルやベンチを処分し、
代わりに机とベッド、モニターを設置。
泣く泣く筋トレとはお別れした。
ジム通いも考えたが、プロテイン代も馬鹿にならず、
ジム費もお小遣いではカバーできない。
ここで区切りをつけることにした。
ただ、筋トレから得たものは確かにある。
体の変化以上に、根気や努力を続ける習慣がついた。
「今日もやるか」と体を動かすたびに、
自分に小さな自信が積み重なっていった。
筋肉は減っても、あの3年間の時間は無駄ではなかった。
むしろ、暮らしの中に“続けることの大切さ”を教えてくれた気がする。
頑張るだけが正解ではない。
やめる決断だって、前に進むための一歩だ。
あの筋トレの日々は、今の自分を支える
“目に見えない筋力”になっている。
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