3度目の挑戦へ──簿記2級がくれた小さな道と、大きな転機

仕事・働き方

営業と業務、2つの挫折を越えて見えた「自分の道」

「異動が決まったぞ」。
上司のその一言を聞いた瞬間、胸の奥で静かに何かが動いた。
驚きと、安堵と、ほんの少しの誇らしさが、波のように押し寄せてきた。

日商簿記2級を取ろうと決めたのは、ただの思いつきだった。
だけど、その小さな決意が、まさか3年半後に自分を本社の新しい部署へ連れていくとは、
そのときの自分には想像もできなかった。

今回の異動は、営業部門では前例のない「業務ごと本社移管」という大きな案件。
私の働き次第で、会社の本社が“営業部門を見る目”すら変わるかもしれない。
そういう理由から、上司からかけられたプレッシャーは、正直相当だった。

だけど不思議と、今の私は逃げたいとは思わなかった。

その理由は、これまで歩いてきた道にあった。

簿記2級に挑戦した1年半。
仕事が終わってから机に向かう日々は決して楽ではなかった。
けれど、勉強をやめるという選択肢は一度も浮かばなかった。

資格を取ったあと、支店の社宅や寮の管理・支払い業務を任されるようになった。
そこからはもう怒涛の日々。
全国各地の支店が行っていた社宅関係の業務が「効率化」の名のもと、
すべて私ひとりに集約されることになった。

そして1年が経ち、今回そのまま“業務ごと”本社へ異動する打診を受けた。

正直に言う。
――嬉しかった。
心の底から「やっと自分の努力が報われた」と思えた。

なぜなら私は、営業部門の中で“最下層”とされる業務課に長年いた。
営業からは時に横柄な態度を取られ、若い頃はストレス発散に使われたことも少なくなかった。
飲み会に誘われても、マウントを取られるだけだと分かっていたから行かなかった。
気づけば愛想良く話すことすら難しくなり、ただ淡々と仕事をこなす自分がいた。

営業マンとしての7年。
社長派閥にいた7年。
2度の挫折は、私の心を静かに削っていった。

そんな自分が、簿記2級という“たったひとつの努力”をきっかけに、
新しい仕事を任され、本社異動を勝ち取ったのだ。

今回の異動で気づいたことがある。

人は、評価されなかった場所で腐るのではなく、
評価される場所に行くことで初めて息を吹き返す
――ということ。

私はずっと、「営業マンだから仕方ない」「業務課だから仕方ない」
そんなふうに自分で限界を決めつけてきた。

でも、たったひとつでも良い。
自分が信じて続けたものがあれば、それが道を拓いてくれる。

簿記2級は資格としては決して華やかではない。
けれど、私にとっては人生を変える力を持っていた。

営業部門での7年。
社長派閥での7年。
そして今回の転機。

「3度目の挑戦」を迎えた今、私は少しだけ自分を誇らしく思う。

次の7年を“成功の7年”で締めくくることができるかどうかは、1年後の自分次第。
だけど、不思議なことに不安はほとんどない。
むしろワクワクしている。

家族のために、
娘たちに胸を張れる父であるために、
そして妻がそばで笑っていられるように、
私はまた一歩、新しい場所で歩き出そうと思う。

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